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대장금2부(2-1) 일본

by 작은집 큰행복 2025. 11. 30.
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深い山奥――
世の中のあらゆる雑音も、権力の影も届かぬ場所。

徐天守(ソ・チョンス)と朴氏(パク氏)は、この地で 「白丁夫婦」 という、最も低い身分に身を偽りながら、逃れるよう한生活を始めていた。
白丁――朝鮮時代で最も卑しいとされた階層。
獣を屠り、皮を剥ぎ、死体の処理までも担う人々。
両班は彼らを忌み嫌い、平民でさえも避けて通った。

だが徐天守にとって、この身分は完璧な隠れ蓑だった。
誰も白丁の村に興味を抱かない。
誰も彼らの生活に目を向けない。
官吏でさえ、できることなら近づきたくない場所。

――まさに、徐天守が望んでいた“世との完全な断絶”であった。

彼らの暮らしは貧しく、毎日の食事にも困るほどだった。

藁葺き屋根の家は、雨が降れば水が漏れ、
風が吹けば揺れた。
冬は寒さに震え、夏は暑さに耐えられず眠れない夜が続いた。
食べる物も常に乏しく、
麦飯と味噌汁が最上のご馳走。
時には粥で空腹を満たす日もあった。

しかし、互いの存在だけが、宮中の血塗られた記憶をかき消してくれる、最も強い慰めであった。

徐天守は朴氏を見ると、不思議と心が落ち着いた。
彼女だけが自分の過去を知り、
自分の苦しみを理解し、
悪夢にうなされ目覚めた彼を抱きしめてくれる唯一の人だった。

朴氏にとっても同じだった。
宮中を追われ、孤独の中にいた彼女にとって、
徐天守は唯一の家族だった。

二人は深い傷と秘密を分かち合いながらひっそりと暮らし、
やがて一人の娘――長今(チャングム) が誕生した。

春の日のことだった。
朝早くから陣痛が始まり、徐天守は村の産婆を呼びに走った。
日が高く昇った頃、藁葺きの小さな家から力強い産声が響き渡った。

「娘さんでございます!」

産婆が笑顔で告げた。

徐天守は震える手で赤子を受け取った。
小さく、か弱い命。
赤い顔でぎゅっと目を閉じ、声を張り上げて泣いている赤子。
――彼の娘。

「長今と名付けよう。」

徐天守は朴氏にそう言った。
“長今”。
“長い今日”――
今日という穏やかな一日が、永遠に続くようにという願いを込めた名だった。

長今は二人にとって、最も尊い光であったが、
徐天守にとっては同時に“宿命の不安”でもあった。

彼は娘の名を呼ぶたび、
かつて道士から聞いたあの不気味な予言がよぎった。

「宮に入れば刃に倒れ、
王を助ければ史上最も高き座に上る運命。」

夜になると徐天守は、幼い娘の寝顔をじっと見つめた。
小さな手、小さな足。
すやすやと安らかに眠る娘。
あまりにも平和で、あまりにも無垢な存在。

だが、その小さな身体の上には、すでに“呪いの影”が落ちている。

「宮に入れば死に、
宮を助ければ最も高き座に上る運命……」

徐天守は心の中でつぶやいた。

「私はこの二つの道、どちらも拒む。
刃に倒れる悲劇も、
宮廷の血に染まる栄光も……
私は望まぬ。」

彼は娘の小さな手をそっと握った。

「ただ……
この子を宮廷からも、世間からも完全に隔てた生活の中に閉じ込めるしか、
この呪いから逃れる道はないのだ。」

 

徐天守(ソ・チョンス)は、夜になると胸の奥深くに隠している血染めの布切れをそっと撫でていた。

それは小さな布片だった。
手のひらに載るほどの大きさ。
しかしその重さは、まるで千斤にも万斤にも感じられた。

それは、廃妃尹氏(ペビ・ユン)の賜死事件を執行した者として、
彼が背負わざるを得なかった “運命の罠” を象徴する、消えることのない烙印だった。

ろうそくを灯し、その布を眺めると、
うっすらと残る血の跡が見えた。
長い時が経ち、色は褪せても、その赤みはなお消えぬまま。
廃妃の血。
彼女の怨念。
そして――彼女の呪い。

「おまえたちの子々孫々の運命までも……
 この血で呪ってやろう!」

その声は耳元で鮮明に蘇った。
まるで昨日の出来事のように。

徐天守は布切れを再び胸にしまった。
捨てることなどできなかった。
それは自分の罪を忘れまいとするため。
そして気を緩めぬための戒めだった。

彼が持ち得たものはただ一つ。
娘を守り抜こうとする父としての切実な意志だけだった。

――この子だけは、守り抜く。
 何があっても。

年月は流れ、長今(チャングム)は七歳になった。

その間、徐天守と朴氏(パク氏)の不安はますます大きくなっていた。
長今は、普通の白丁の娘として生きてほしいという両親の願いを、
あっさりと打ち消してしまうほどの非凡な子供だった。

他の子供が土遊びをしている時、
長今は別のものに心を奪われていた。

木を見れば、
「どうして木は上に伸びるのですか?」と尋ね、
水を見れば、
「どうして水は流れるのですか?」と聞き、
空を見上げれば、
「雲はどこから来るのですか?」と問いかけた。

ある日、長今は父に尋ねた。

「お父さん、あの市で見た “世の万物の名前が書いてある本” は何ですか?」

徐天守の胸はドキリと跳ねた。

本。
文字。
それは長今が絶対に触れてはならぬものだった。

「長今、あれは……わたしたちには関係のないものだ。
 わたしたちは白丁なのだ。」

「白丁は、本を見てはいけないのですか?」

「そうだ。白丁は文字を読んではならん。」

「どうしてですか?」

徐天守は答えられなかった。
どう説明すればいいのか。
この国の身分制度を。
白丁が文字を読めば命を落とすことさえあるという現実を。

「そういうものだ。尋ねてはいけない。」

しかし長今の好奇心は決して折れなかった。

別の日、川辺で長今がまた質問した。

「お父さん、どうして川の水は上から下へ流れるのですか?」

「それは……水とは下へ流れるものだからだ。」

「どうして下へ流れるのですか?
 上には流れられないのですか?」

「それは……」

徐天守は言葉を失った。

「私は、あの流れる川も、空に浮かぶ雲も、
 どうしてこうなっているのか、全部知りたいのです。」

長今の瞳は、尽きぬ好奇心で輝いていた。

普通の白丁の子供が土遊びに夢中になる頃、
長今は“世の理”と“文字の世界”に向かっていく、止められない知性を見せていた。

その非凡な才能は、
両親にとっては――
まるで呪いのような、不安そのものだった。

 

徐天守(ソ・チョンス)は朴氏(パク氏)に言った。

「この子は……あまりにも賢すぎる。」

「どういう意味でございますか?」

「普通の子ではない。ほかの子と違う。これほど利発であれば……いずれ世の中がこの子を見つけ出すだろう。」

朴氏も同じ思いだった。

「私もそれが心配です。長今(チャングム)は、あまりにも多くのことを知りたがります。あまりにも多くのことを尋ねます。」

「それが問題なのだ。白丁(ペクチョン)の娘がそこまで利発であれば、必ず疑われる。私たちの正体が露見するかもしれぬ。」

ふたりは不安げな目で長今を見つめた。

「どうすればよいのでしょう?」

「この子の好奇心を折らねばならぬ。もう質問できないようにしなければ。」

しかし、それが可能なことだっただろうか。
生まれつきの才能をどうやって抑え込めるというのか。

朝鮮の厳しい身分制度の中で、白丁が文字を学ぶことは、命を失うことさえある重罪だった。

両班は両班の、
中人は中人の、
常民は常民の、
白丁は白丁の務めが決められていた。

この冷酷な世の中では、身分を越えることは死を意味した。

両班は字を読み、科挙を受け、国を治めた。
中人は技術を身に付け、医員や訳官になった。
常民は農業や商いをし、税を納めた。
白丁は獣を屠り、皮を剥ぎ、汚れ仕事を担った。

これが朝鮮の秩序だった。
人々はそれを “天が定めた理” だと信じていた。
その秩序に逆らうことは、天に逆らうことでもあった。

白丁が文字を学ぶということは?
それは身分を越えようとすること。
反逆だった。
罰を受けねばならなかった。

長今の利発さは、ひとたび発覚すれば一家を滅ぼす火種となり得るものだった。

ある日、朴氏は長今を呼び座らせた。
その顔は深刻だった。

「長今!」

朴氏の声は厳しかった。
しかしその奥には深い愛情があった。

「お前は白丁の娘だ。」

長今はうなずいた。それは知っていた。

「班家(パンガ)の若様たちと一緒に文字の勉強をしてはならぬと、何度言った?」

長今はうつむいた。
数日前の出来事が脳裏に浮かんだ。
村の下の両班の家の若様たちが書堂で文字を読むのをこっそり覗き見た。
そして家に戻って、その文字を土の上に書いてみた。
それを母に見られたのだった。

「白丁が文字を読むという噂が立てば……」

朴氏の声が震えた。

「お前の命だけでなく、この母も父も、生きてはいられぬ!」

長今は驚いて母を見つめた。

「お母さん……それはどういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。白丁が文字を読めば、一家は皆殺しなのだ。それがこの国の法だ。」

長今には理解できなかった。
どうして?
どうして文字を読んだら死ななければならないのか。
文字の何が悪いのか。

朴氏は毎日、娘の非凡な才能を折ろうと必死だった。

「長今、もう好奇心を持ってはならぬ。」

「長今、質問してはならぬ。」

「長今、そんなものは私たちには関係ない。」

毎日同じ言葉を繰り返した。
しかし、幼い長今が輝く目で投げかける問いは、いつも朴氏の胸を突き刺した。

 

ある日の夕方、長今(チャングム)は母に尋ねた。

「お母さん、私たちは白丁(ペクチョン)ではありませんか?」

「そうだよ。」

「白丁は、文字を読んではいけないのですか?」

朴氏(パク氏)はすぐには答えられなかった。
短い沈黙が流れた。

「そうだ。白丁は文字を読んではならない。」

「どうしてですか?」

「それが法だからだよ。」

「法って何ですか?」

「国が決めた決まりごとのことだ。」

「どうして国はそんな決まりを作ったの?」

この質問を聞いた瞬間、朴氏は悟った。
運命はやはり、彼らを放してはくれない、と。

この子は止まらない。
どれほど塞いでも、どれほど抑え込んでも、
この子の好奇心は決して消えない。

高いところから低いところへ水が流れるように、
この子の心は必ず “学ぶ方へ” 流れていくだろう。

才能を押しつぶすことは、子どもの魂を殺すことと同じ。
そしてそれは、運命との戦いを諦めることでもあった。

その夜、朴氏は徐天守(ソ・チョンス)に言った。

「長今を……教えなければなりません。」

「何を言っておるのだ!」

徐天守は驚いて声を張り上げた。

「文字を教えてはならぬ!
 それは危険すぎる!」

「ですが、このままでは長今は自ら学ぼうとするでしょう。
 書堂(ソダン)にこっそり行くか、両班の子供たちの後をつけていくかもしれません。
 その方が、もっと危険です。」

朴氏の言うことは正しかった。
長今を完全に止めることはできなかった。
むしろ放っておけば、手の届かないところへ走り出してしまうだろう。

「それなら……」

「私が教えます。
 密かに、家の中でだけ。
 誰にも知られないように。」

徐天守は深く悩んだ。
危険すぎる選択だった。
しかし朴氏の言葉もまた、否定できなかった。

「ただし、条件がある。」

「どんな条件ですか?」

「絶対に外へ出てはならぬ。
 絶対に書堂へ行ってはならぬ。
 絶対に村の下まで降りてはならぬ。
 学ぶのは、この家の中だけだ。」

「わかりました。」

こうして朴氏は、才能と生存の狭間で、
ひそやかな妥協点を見つけ出した。

彼女は娘から
「書堂には行かない」「村にも降りない」という固い約束を取り付け、
誰にも知られぬよう、毎晩こっそり長今に文字と計算を教え始めた。

最初の授業は、ある秋の夜だった。

朴氏は長今を呼び、座らせた。
ろうそくの火を灯し、静かに口を開いた。

「長今……今日から、母が文字を教えてあげよう。」

長今の目が輝いた。

「ほんとうですか、お母さん?」

「ほんとうだ。だが、条件がある。」

朴氏は長今の手をしっかりと握った。

「これは、絶対に外に漏らしてはならない秘密だ。」

その声は厳しく、しかし深い愛がこもっていた。

「もしこの秘密を漏らしたら……
 母も父も、斬首を免れぬ。
 よく覚えておきなさい。」

長今は怯えた顔でうなずいた。

「はい……絶対に言いません。」

「これから学ぶ文字は……」

朴氏は一度言葉を切り、続けた。

「かつて、母が水刺間(スラッカン)の宮女として覚えた知識だ。」

長今の目が大きく見開かれた。

「お母さん……宮女だったの?」

「そうだ。だが、それも秘密だ。誰にも言ってはならぬ。」

「はい……お母さん。」

「いつか、お前が一人で世の中に立たされた時……」

朴氏の声が揺れた。

「運命に抗う、何より強い武器になるだろう。」

その目には、母としての犠牲、
宮廷への深い怨しみ、
そして娘を守り抜こうとする烈しい愛が、
燃えるように宿っていた。

 

その日から、毎晩の秘密の授業が始まった。

日が沈み、闇が降りると、朴氏(パク氏)はろうそくに火を灯し、長今(チャングム)を呼んだ。

「さあ、今日は千字文(せんじもん)を学んでみよう。」

「千字文って何ですか?」

「文字を学ぶための本だよ。
 天(てん)、地(ち)、玄(げん)、黄(こう)……。」

朴氏は一文字ずつ、丁寧に教えた。

長今は驚くほどの速さで覚えていった。
一度聞けば記憶し、二度書けば身についた。
数日もすると、すでに数十の文字を読み書きできるようになっていた。

「長今、お前は本当に利発だね。」

朴氏は嬉しく思う一方で、不安も押し寄せていた。
これほど賢い子を、この山里に閉じ込めておくことは正しいのだろうか。
本来、この子は広い世界へ出るべきなのではないか。

しかし、すぐにその思いを振り払った。
違う。
外の世界は危険だ。
特に、この子には――。

「お母さん、もっと教えてください。」

長今は渇いた喉に水を求めるように、さらなる知識を求めた。

朴氏は文字だけでなく、ほかのものも教えた。
計算、薬草、料理、針仕事。
宮中で学んだすべてを、娘に伝えた。

「これは桔梗(ききょう)だよ。咳に効くんだ。」

「これは人参(にんじん)。元気をつけてくれる大事な薬草だよ。」

「このナムルは、こうして和えればおいしくなるんだよ。」

「針仕事は、こうやって縫うんだ。」

朴氏は、娘に“生き抜くための武器” を授けながら、
運命との最後の戦いに備えていた。

徐天守(ソ・チョンス)は、そのすべてを見守りながら、不安を募らせていた。

『これで本当にいいのか……?』

『道士は言った。宮廷から遠ざけろ、と。
 だが、我々はいま何をしている?』

『文字を教え、知識を与え、才能を伸ばしている。
 これはむしろ、娘を危険に追いやっているのではないか?』

しかし、彼は何も言えなかった。
朴氏が正しかった。
長今の好奇心を完全に止めることはできなかったのだ。

夜になるたび、徐天守は胸にしまった血染めの布切れを撫でた。

『廃妃(ペビ)よ……どうか、この子だけはお許しください。
 この子は罪のない子です……。』

しかし、その祈りは届かなかった。
呪いはすでに長今の運命に深く刻み込まれていた。

年月は流れ、長今は十歳になった。

その間、長今は驚異的な速さで成長した。
千字文を終え、四書三経を読み、医書まで学んだ。

朴氏が教えられることは、すべて教え尽くしていた。

「お母さん、私は次に何を学べばいいの?」

「そうだね……母さんが教えられることは、もう全部教えてしまったね。」

「じゃあ、これからどうすればいいの?」

朴氏は答えられなかった。
この子は、すでにこの山里で学べるすべてを学びきってしまったのだ。

 

長今(チャングム)は次第に外の世界を知りたくなっていった。

「お母さん、あの山の向こうには何があるの?」

「村があるんだよ。」

「その村の向こうには?」

「もっと大きな村があって、その先には都(みやこ)がある。」

「都って、どんなところですか?」

「人がたくさん住んでいて、市場もあり、客主もあり、官庁もあるところさ。」

「私も行ってみたい。」

「だめだよ!」

朴氏(パク氏)はきっぱりと言った。

「お前はこの家を出てはならない。約束しただろう?」

「……はい。でも……」

長今の目には、抑えきれない憧れが宿っていた。

徐天守(ソ・チョンス)はその姿を見て恐ろしくなった。
子が育てば育つほど、この小さな世界には収まりきらなくなるだろう。
いつか必ず、長今はこの家を出ていく。
そして世界と向き合う時が来る。

その時――。
道士の予言が、現実になるというのか。

ある夜、徐天守はまた悪夢を見た。

廃妃尹氏(ペビ・ユン)が現れた。
彼女は血の涙を流しながら徐天守を見つめ、
指先で何かを指し示した。

徐天守がその方向を見ると、そこに長今が立っていた。
幼い長今が、宮殿の門の前に立っている。

「だめだ! 長今!」

徐天守は叫んだ。
しかし長今には、その声が届かなかった。
ゆっくりと宮殿の門の中へと歩みを進めていく。

その瞬間、天空から刀が落ちてきた。

「うわぁっ!」

徐天守は悲鳴を上げて目を覚ました。
全身が汗でびっしょり濡れていた。

「あなた、また夢を見たのですか?」

朴氏が心配そうに尋ねた。

「長今が……長今が、宮殿へ入っていく夢を……」

「そんなことはありません。私たちが守っているではありませんか。」

しかし朴氏の声にも、確信はなかった。

ある春の日、村に大事件が起きた。

山のふもとの両班(ヤンバン)のお屋敷の奥方が、重い病を患ったという知らせが届いたのだ。
高い熱にうなされ、意識も朦朧としているという。
村の医員が診たが、どうすることもできなかった。

「漢陽(ハニャン)から医者を呼ぶと言っていたが、
 ここまで来るには何日もかかるそうだ。」

「それまで奥方様が持ちこたえられるだろうか?」

村人たちは不安げにささやき合った。

長今は、偶然この話を耳にした。
山菜を摘みに行った帰りに、村の女たちの会話を聞いたのだ。

『高熱か……なら、解熱の薬が必要だ。』

長今は、母から学んだ医術の知識を思い出した。
母は、宮中で簡単な薬の作り方を学んだと言っていた。
高熱には、地黄(じおう)と甘草(かんぞう)を煎じて飲ませると良い、と。

『私なら、助けられるかもしれない……』

しかし、すぐに首を振った。

『だめだ。お母さんは、絶対に外に出るなと言った。
 それに、私たちは白丁だよ。どうやって両班のお屋敷に行けるっていうの……?』

 

しかし、その夜、長今(チャングム)は眠ることができなかった。

『誰かが死にかけている……。
 私なら助けられるのに……。
 じっとしていていいのだろうか?』

母の教えが脳裏に浮かんだ。

「長今、医術とは人を救うことだよ。
 身分が高かろうと低かろうと、
 裕福であろうと貧しかろうと、
 病む者は皆、治してあげねばならない。」

「それが医員の務めなのですか?」

「そうだよ。宮中の医女たちも、そう教わる。」

――ならば、自分もそうすべきではないだろうか?

翌朝、長今は決心した。

「お母さん、私、ちょっと山へ行ってきます。」

「どこへ行くつもりだい?」

「薬草を採りにです。勉強したいの。」

朴氏(パク氏)は疑わしげに娘を見つめたが、許した。

「遠くへ行ってはいけないよ。日が暮れる前に必ず戻るんだよ。」

「はい、お母さん。」

長今は山へ登った。
しかし、薬草は採らなかった。
その足で、山の麓の村へ降りていった。

両班(ヤンバン)の屋敷は、村で最も大きな瓦屋根の家だった。
門前には人々が集まり、不安そうにざわめいていた。

長今は迷った。

『入るべき?
 でも私は白丁(ペクチョン)の娘……。
 受け入れてくれるだろうか?』

その時、中から苦しげなうめき声が聞こえた。

長今は、もう迷っていられなかった。
門の前へ歩み寄り、声を上げた。

「すみません!」

門番は長今を見ると、顔をしかめた。

「お前は誰だ? 子どもがこんなところに何の用だ?」

「奥方様がご病気だと聞きました。私、お助けできると思います。」

「なに? お前が? 小娘が何を助けられると言うのだ! 引き返せ!」

「私は薬草に詳しいです。高熱を下げる方法を知っています。」

門番は鼻で笑った。

「薬草? 村の医員でさえ手に負えないのだぞ。
 お前が何を知っているというのだ。
 さっさと帰れ!」

しかし、長今は一歩も引かなかった。

「どうか、一度だけ試させてください。奥方様を助けられます!」

その時、屋敷の中から一人の青年が出てきた。
両班の息子らしい、疲れ切った顔をしていた。

「お前、母を助けられると言ったな?」

「はい、坊(ボウ)さま。」

「どうやって助けると言うのだ?」

「地黄(じおう)と甘草(かんぞう)、それから薄荷(はっか)を煎じてお飲ませください。
 熱を下げ、毒を取り除きます。」

青年はしばらく考えた。

「誰に教わった?」

長今は躊躇した。母のことを話すわけにはいかなかった。

「独学です。」

「独学? 文字も読めないだろうに、どうやって?」

長今は答えられなかった。

青年は長今をじっと見つめ、そして決断したように言った。

「……いいだろう。やってみろ。
 このままでは母は助からぬ。
 お前が作った薬が効かなくても、今より悪くなることはない。」

「ありがとうございます、坊さま!」

長今は台所へ案内された。
そこで必要な薬材を集め、丁寧に煎じた。
母から習った通りに。
正確な分量で、正確な時間で。

やがて薬が完成した。
ほのかに薬草の香りが漂った。

「これを奥方様にお飲ませください。
 一時辰(いっとき=約2時間)ごとに三回飲めば、熱が下がるはずです。」

青年は半信半疑ながら、薬を母に飲ませた。

一時辰が過ぎ、
二時辰が過ぎ、
三時辰が過ぎた。

――奇跡が起こった。

奥方の熱が下がり始めたのだ。
顔に血色が戻り、
ゆっくりと目を開けた。

「お母様!」

青年は歓声を上げた。

「お母様、ご気分はいかがです?」

「ええ……少し楽になったようだよ……。」

その声は弱々しかったが、確かに意識は戻っていた。

青年は長今を振り返った。

「お前が救ってくれたのだな。本当にありがとう。」

青年は懐から銀子を取り出した。

「これはお前が受け取るべきだ。礼として。」

しかし長今は首を振った。

「要りません。私はただ、人を助けたかっただけです。」

「しかし……」

「結構です。私はもう帰らなければ。」

長今は慌てて屋敷を後にした。

 

日が沈みかけていた。
長今(チャングム)は急いで家へ戻った。

しかし村人たちの噂は早かった。すでに村中に話が広まっていた。

「両班(ヤンバン)の奥方様を、子どもの娘が助けたらしい。」

「しかも、あの白丁(ペクチョン)村の子どもだって?」

「白丁が薬を知っているなど、ありえん。」

「いや、本当らしい。直接聞いたんだ。」

噂は瞬く間に広がっていった。

徐天守(ソ・チョンス)はその噂を聞き、蒼白になった。

「長今が……何をしたと?」

「両班の家へ行って、薬を作って差し上げたそうです。」

「なんということを……! あの子は正気か!」

徐天守は急いで家へ向かった。

「長今!」

家に着くなり怒鳴った。

長今は家の隅で縮こまっていた。
朴氏(パク氏)も心配そうな顔で立っていた。

「お前……何をしたか分かっているのか?」

「お父さん……私はただ……」

「ただ? ただだと?」

徐天守の声は震えていた。
それは怒りではなく、恐怖だった。

「外へ出るなと何度言った! お前が約束した時、あれは嘘だったのか?」

「嘘じゃありません……でも、誰かが死にかけていたんです。
 私が助けられました……」

「助ける? 助けて何になる!」

徐天守は叫んだ。

「今や村中が知ってしまった! 白丁の娘が薬を知っていると!
 字を読めると!」

「お父さん……」

「我らは危険に晒されたのだ! お前のせいで! お前の好奇心のせいで!」

徐天守は震える手で、懐に隠していた血染めの布切れを取り出した。
そして長今の前に放り投げた。

「これが見えるか? これが何か分かるか?」

長今は布を見つめた。
古びてはいたが、赤い染みはまだ残っていた。

「これは、お前の父が背負った罪の証だ。
 そして……お前の運命の始まりだ。」

「どういう、意味ですか……?」

「お前は呪われている。生まれた時からだ。
 宮中へ入れば、刀を受けて死ぬ。
 それが……お前の運命だ。」

長今は息を呑んだ。

「呪い……ですか……?」

「そうだ。だから私はお前を守ろうとした。
 世間から、宮中から遠ざけようとした。
 だが……お前は自らその道へ歩き出している。」

徐天守はその場に崩れ落ちた。
すべての力が抜けたように。

「私は……どこで間違えたのだ……
 どうすればよかったのだ……」

朴氏が長今のそばに座った。

「長今、父さんの言うことは本当なんだ。
 私たちは大きな秘密を抱えている。」

「お母さん……」

「お前の父さんは、昔、宮中の軍官だった。
 そして……恐ろしい出来事に巻き込まれてしまった。
 廃妃尹氏(はいひ・ユンし)……その方が亡くなられた時、
 お前の父さんはそこにいた。」

長今は息を呑んだ。

「その方は、最期に呪いを残された。
 “処刑に関わった者の子どもにまでこの血の呪いが及ぶ”と。」

「それが……私なんですか……?」

「そうだ。だから仙人(せんにん)は言ったのだ。
 お前が宮中に入れば死ぬ、と。」

朴氏は娘の手を強く握った。

「でも、私は思ったのだよ。
 何も知らずに生きるより、知って備える方が良い、と。
 だから教えたんだ。文字を、医術を、世の理を。」

「お母さん……」

「ごめんね、長今……。
 母さんが間違っていたのかもしれない。
 お前に知恵を与えたことが、
 かえってお前を危険にしてしまった……。」

 

長今(チャングム)はしばらく黙って考えていた。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「お父さん、お母さん。」

二人は驚いたように長今を見つめた。

「私は……後悔していません。」

「なんだと……?」

「今日、私がしたことです。私は……ひとりの人を救いました。
 それは悪いことですか?」

徐天守(ソ・チョンス)は答えられなかった。

「私は……もっと学びたいんです。
 もっとたくさんの人を助けたい。」

「長今、そんなことをすれば危険だと……」

「分かっています。でも私は、自分の才能を隠して生きるなんてできません。
 それは……生きていないのと同じです。」

長今の瞳は揺るぎなかった。

「もし本当に呪いがあるのなら……私はそれと戦います。
 逃げません。」

「長今……」

「仙人(せんにん)が言ったのでしょう?
 宮中へ入れば刀に倒れるが、宮を助ければ最も高い地位に上る、と。」

「……そうだ。」

「なら、私はその道を選びます。
 宮中を助ける道、人を救う道を。」

朴氏(パク氏)は涙をこぼした。

「長今……」

「お母さん、泣かないでください。私は大丈夫です。
 お母さんが教えてくれたこと、全部大切に使います。」

徐天守は何も言えなかった。
娘はすでに、自らの運命を選んでしまった。
もう止めることはできなかった。

その出来事のあと、村人たちの態度は変わっていった。

最初は疑っていた。
白丁(ペクチョン)が薬を知っているなど、誰も信じなかった。

だが事実、両班(ヤンバン)の奥方は助かった。
それだけは否定できなかった。

やがて人々は長今を訪ね始めた。

「うちの子が熱を出してね……薬を作ってくれないかい?」

「腰が痛くてたまらんのだ。よく効く薬草があると聞いたよ。」

「胃が痛むんだが、助けてくれないか?」

最初は遠慮がちに、やがて堂々と人々は訪ねてきた。

長今は誰も拒まなかった。
身分に関係なく、貧しい者にも富んだ者にも、全力を尽くした。

噂はさらに広がった。

「山奥の村に、神童がいるらしい。」

「幼い娘だが、医術に長けているそうだ。」

「白丁の家だって話だが、どうしてそんな才が……」

隣村から、さらに遠い郡からも、人々がやって来た。

徐天守はそれを見て恐れた。
娘が有名になるほど、危険は増す。
いずれ役所の耳に入るだろう。
そのときは……?

だが止められなかった。
長今はすでに、自分の進むべき道を選んでいた。

ある夜、徐天守は朴氏に言った。

「私たちは……間違っていたのかもしれん。」

「どういう意味ですか?」

「仙人の予言を、私は誤って解釈していた。
 長今を宮中から遠ざければいいと思っていた。だが……」

徐天守はしばらくじっと考えた。

「運命は避けられるものではなかった。
 どれほど防いでも、長今は結局、自分の道を歩むのだ。」

「では……どうすればよいのでしょう?」

「分からん。ただ……」

徐天守は血染めの布切れを見つめた。

「仙人が言った。
 “最も近くにありながら、最も遠い道を探せ”と。
 その意味が……ようやく分かってきた気がする。」

「どういうことですか?」

「長今は宮中へ入る。しかし……刀を受けずに済む道があるということだ。
 それが何なのかは…まだ分からん。だが、必ずある。」

朴氏は静かに頷いた。

「ならば……その道を探さねばなりませんね。」

「そうだ。長今のために。」

二人は眠っている娘を見つめた。

長今は安らかに眠っていた。
自分の身にどんな運命が待っているかも知らずに。

しかしその顔は微笑んでいた。
今日も誰かを助けた、その満足が彼女を幸せにしていたのだ。

『この子は……強い。』

徐天守は心の中でつぶやいた。

『私たちよりも強い。
 運命と戦い……必ずこの呪いを超えていく。』

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